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賞を盾にする人たち

本年初エントリーに、あえて古い話。教育再生会議で座長を務める野依良治氏の「塾を法律で廃止すべき」発言が問題になったのは昨年12月。森総理の頃にも有識者による「教育改革国民会議」という総理大臣の諮問機関があり、当時の座長だった江崎玲於奈氏の「将来的には、就学時にDNA鑑定をおこない入学児童を能力別にクラス分け出来るようになるでしょう・・・」のビックリ発言など思い出す。江崎氏も野依氏もノーベル賞の受賞者だが研究者としての実績に対してのことだ。ノーベル賞を盾に政治に首を突っ込んでもらいたくない。

『戦中派不戦日記』より

昭和20年(1945)5月18日(金) 朝八時半警報。
午前中、新宿駅より牛込の方へ焼野の中を歩いて見る。何処まで行っても赤茶けた焼けトタンの海。― 他の木や壁はまったく焼失せるゆえに、トタン板のみ目に立つかは知らねども、日本の家屋にいかにトタンが利用されおるかは予想外なり。木々黒々と枯れて立ち、風冷え冷えと吹けど、日は白く、見よ青き草ところどころに土陰にかなしく萌え出でたり。大いなるビルも窓枠焼けガラス熔けて、火炎内部を荒れて通りしか、黒きがらんどうの姿あたかも巨人のミイラのごとし。
山田風太郎著「戦中派不戦日記」より。

カボチャ(南瓜)宣言

朝食に湯気の上がったカボチャを食べながら「僕は、戦時中に一生分以上のカボチャを食べたからカボチャはもう二度と食べないっ!」と宣言した知り合いのご主人の話を家内がしてくれた。男に白米を食べさせようと女たちがカボチャを食べたので「女性はみんな手のひらが真っ黄色だった」と、亡父が話していたのも記憶にある。

厳しい冬を越すために外で枯れ木を拾ったが、それもすぐに尽き椅子や机など家中の家具や蔵書等も燃やし寒さをしのいだ。勿論食べる物だってろくになかったからモソモソして美味しくなかったけど粟(あわ)を長時間煮て柔らかくなったら表面の黒い灰汁を捨て食べた。お兄ちゃんは体が大きいから15個、私は10個というふうに、満州の厳冬に向かって体に脂肪分が必要と母がピーナッツを分けてくれた。そのピーナッツを食べながら、これからの季節に備えるのだと子供ながらに思った。いつもひもじかった。山田洋次氏(映画監督)の「満州引き上げ談」から。

ジャガイモ事件。食料の足しにと北海道からジャガイモを沢山送ってもらった家の話。ご飯の代わりジャガイモを蒸かし、物資のない時代に苦心惨憺しルゥーのようなのを作り、カレーライスのようにして皆で食卓を囲んた。隣家の奥さんがたまたま、その様子を二階から見ていたらしく「ほんの少しで結構ですから、お米を分けてくださいませんか」と、お願いにみえた。湯気の上がった蒸かしたてのジャガイモが「真っ白い、炊きたてご飯」に見えてしまったようなのだ。

我が家では朝食のおかずに時々蒸しカボチャがでる。その方が多く食べられるので野菜は蒸したり煮たりし食べる。カフェ・オレにシナモンを入れ、トーストと蒸したり煮たりの野菜・他というのが朝食メニューのスタイルだが、あんなに美味しいカボチャを「もう二度と食べないぞっ!」と宣言してしまうのは、よっぽどのことだろうと思えるのである。カボチャを見る度に嫌だったことや辛かったことなど、当時のことが鮮明に蘇ってしまうのだろうかと、戦争の体験がない自分にはその程度の想像しかはたらかない。その人は宣言後けっしてカボチャを口にすることがなかったそうだ。

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