わたしの場合

  

Picture 8.jpgこのページは、旧ドメインエントリー「私の場合」を、ひとつのアーカイブページにまとめたものです。作業にともない若干の加筆・訂正をおこないました。また、皆さんからのコメントは割愛させていただきましたこと、ご容赦ください。

1995年、ドラマーからカホン奏者へ。40才からのカホン奏者としての演奏活動、全国行脚(全国演奏ツアー)でのことなど、など、など、マイペースでしたが4回記事を投稿しました。

まだ書いていないプロモーション活動でのことなどについても、折を見、記事をエントリーしたいと思っているのですが、こんごも相変わらずマイペースではないかと思います。
- 2010年 10月 hide3 -

 

 

 

わたしの場合(1) November 21, 2004 9:19 PM エントリー

ドラマーからカホンへ転向した理由はいくつかあるが、そのうちからまず最初に一つ挙げるとすれば「自分の中に湧いてくるリズムのイメージを無理なく演奏に反映出来そうだと感じたのがカホンだったから」だろう。いわば「楽器との出合い」というのは、きっと、こんな感じに違いないと今でも思っている。10年前の1995年の春だ。

わたしにとって、その10年前というのは、「カホン」のキーワードでインターネットを検索してもヒットするのは地名くらいであった。また、自分の演奏意欲をこれほど刺激するカホンという箱型の打楽器が、全く認知されていないという現実が心もとなかったのも覚えている。後に、このカホンがきかっけでお付き合いが始まったY兄弟との約2年間を終え、ひと息ついた2002年ころから、にわかにカホン!カホン!と世間が騒ぎ始めた。「やっとか・・・僕10年はやすぎたみたいだなぁー」というのが、全国行脚(ツアー)から開放された浦島太郎状態のころの記憶と、世のリアクションへの素直な印象なのだ。そういえば、宴席で「みかん箱に座っているのかと思った」と主催者の悪ふざけにムッとしたこともあったが、いま想い返せば、ただただ懐かしい。

10年前のことに話をもどそう。当時、カホン奏者としての演奏活動を始めたばかりのころの人々の反応というのは様々だった。人々とはオーディエンスにプラス共演者だが、オーディエンスの反応に限っていえば、お約束の「どうして、この箱からあんな音が出るんですか?」から「おもしろい形をしてますね」や「楽器としてはちょっと」などほか、カホンの存在そのものが物議を呼び世間に話題を提供したことはたしかだったようである。
[will be continue...]

 

 

わたしの場合(2) December 9, 2004 3:50 PM エントリー

私がドラムからカホンへ転向した理由・・・と、以前の「私の場合」で書いてみた。いやー待てよ・・・こういう表現は、あまり適当じゃない。言葉を並べてみてから自分のところがハッキリしてきたのか・・・「○○○へ転向した」という表現よりも「カホン奏者としての演奏活動をスタートした」という方が的を得ているようだな。

「カホン奏者としての演奏活動をスタートした」10年前:1995年頃は「カホン奏者」という語彙が存在しなかった。少なくとも私は聞いたことがなかったので、自分で「カホン奏者」というのを勝手につくりあげ名刺へ印刷、「カホン奏者 金井秀正」と。名刺には、なんて書こうかと「カホン専門奏者」なんてのも候補のなかにあったが、長ったらしくて、しっくりこない。今のところは聞いたことも無いが、やはり「カホン奏者」にしよう!と決めた。はじめは、カホン奏者を名のるのが落ち着かなかった。が、「まぁ、慣れるまでの間だ」と自分に言い聞かせ、このヘンな造語(?)のような言葉?をツールとして使いはじめるようになった。昔から、決めてしまうと速いたち(性質)だから。

「ピアノ奏者」というのは、あまり見かけたことがないね・・・ピアニストはあるが、どうしてかな?・・・「カホン奏者」なんて・・・ヤッパリ、こんな造語で訴求力あるのか?世の中が受け入れてくれるんだろうか・・・。まとめたつもりの考えが飛躍しそうにもなったり。一時期「ピアニスト」に引っ掛け「カホニスト」にしたこともある(滑らかに鍵盤を弾くイメージがその頃の奏法テーマだった)が、スペイン語で「カホン奏者」を意味させたい場合には「カホニスタ(cajonista)」もしくは「カホネーロ(Cajonero)」の表現が適切なことを後で知り「カホニスタ(cajonista)」にあらためた。

自分の知らない間に流れが出来上がったのだろうか、悪い気はしなかったのだが、それから暫くして「カホン奏者」という言葉が巷でじゃんじゃん使われ始めたのには瞠目(どうもく)した。

現在は日本語以外の状況には「Cajonista」で。日本語では「カホン奏者:金井秀正」で通してしまっている。カホン奏者で通用するなんて!「カホン奏者の金井秀正です」といって自己紹介をしても、ただ生意気で偉そうだと思われることの多かった昔が嘘のようだ。今でも生意気と思われるのかもしれないが、もうそんな年令(とし)じゃーない。カホンを叩く自分自身にアイディンティティーを見出しているともいえるのだろう。
[will be continue...maybe #3 ]

 

 

わたしの場合(3) October 18, 2005 2:26 PM エントリー

過去に、二つを「わたしの場合」でエントリーし「will be continue」(続く)としながらも、その気になれず今日まで。「わたしにとってカホンとの出合いは演奏時の不快なストレスをほとんど感じない唯一の打楽器との出合いであり、ドラムセットとは全く別の方法で心にうかぶその時々のリズムを手軽に表現できるところも魅力のひとつ。この出合いから、カホン奏者としての演奏活動を本格的にスタートしたのは95年頃よりで?」という内容だったと思う。

しかし・・・なぜに95年頃からの再スタートだったのだろう。『ふたたび起こりつつある民族音楽ブーム直前の底流に知らず知らず乗せられ・後の本流へ乗った』というだけのことなんだろうか。答えにたどりつけそうにない難儀な問いが「ぐるぐる」している最近なのである。外から見れば無意味かもしれないこの問いに、わがアイディンティティーは大袈裟にリセットされてしまったのかな・・・。

テレビで中一ぐらいの時に反戦歌手ジョーン・バエズ(女性シンガーソングライター)日本公演をTVで見た(録画?)。佐藤栄作(67年当時の首相)が北爆(米軍による北ベトナムへの爆撃)を支持したことに抗議し官邸前で焼身自殺があった年だ。「非核3原則」を宣言する一方で原子力空母エンタープライズの佐世保港寄港を閣議で承認するなど、スローガンに弱い日本人の気質をよく心得ていた佐藤栄作の時代。当時の「世界は二人のために」(左良直美)や「この広い野原いっぱい」(森山良子)などの薔薇色のヒット歌謡は、分断され管理されている日本大衆の有様(ありよう)を映じる鏡のようだったのかもしれない。

フォーク・ギターを抱え静かに反戦を歌う美しい女性。歌詩の説明でバエズが長く喋った割には訳の字幕が短く「なんか変だぁ・・・」と、中学時代の不鮮明な記憶を辿る。 will be continue...

 

 

わたしの場合(4) February 18, 2006 11:53 PM エントリー

「ふぁー、ここは家じゃないんだったー」。よほど疲れていなければツアー中は目が早く開いてしまう。しかしツアーも終盤に近づくと朝目が覚めた時にある勘違いなのだ。まだ、他にもある。飛行機の中で新聞を開きながら「えーと・・・きょうは、どこで演るんだっけ?・・・福岡だ。違う!長崎市民会館だったな・・・」と。

信じられないと思われるかもしれないが、これから向かう先が行程をしっかり思い出さないと、駅の待合にいても、飛行場でチェックインしていも、改札を抜けホームにいても、ときどき分からなくなることが本当にある。「出発前に行程表といっしょに全チケットは渡してあります」と視線を送る事務所のひと。

演奏者に万一のことがあっては大変だ。チーム全体を現場まで引率する事務所の仕事は学校の先生か保護者のようなもの。事故がないよう気配りし全行程を管理するのはストレスなのだろう。「行程とチケットくらいは、皆さん自己管理でおねがいします」ということ。

「いろんなところに行けていいですねぇ」と羨ましがられることもあるが、ツアーでの生活というのは、次の演奏地へ移動中か、ホテルにチェックインしているか、あるいは舞台かの毎日で、慣れてくるとメリハリのない日々なのだ。日本全国、処変われど同じように宿泊先へ迎えに来るプロモーターの車(ほとんどはワゴン車かマイクロバス)。チーム11名前後でこれらに乗り込み飛行場や新幹線の駅等まで移動する。

楽しみと言えば食事くらいだが、旅のストレスから暴飲暴食気味になることもあるので各自食べることには神経を遣う。とくに朝食は前日がどんなに遅くなってもベテランほど欠かさない。「ツアー」といえば響きが格好いいのかも知れないが内容は旅ガラスそのものなのだ。妙な空気を発散する生活臭のない旅ガラスなんて世間一般から見れば、いかがわしいのだろうか。ひとりで新宿のホテル前で羽田へのバスを待っていたら"Wich airline?"とボーイさんに尋ねられたのにはさすがに驚いた。

 

ここで本邦初公開カホン奏者の旅ガラスセット・他について少しご紹介しよう。黒のスーツケースが一つ。これに約一週間から10日分ほどの衣類等を出発前夜に整理し収納する。タクシーのトランクにも入らない巨大なヤツなので後部座席に載せる。

カホンケースはプロテックスのオレンジ色のハードケース。駅や飛行場など公共施設内では遠目でも自分の荷物を確認し易い色が一番だ。元々はスクーバーダイビングのボンベのケースだが、プロテックスのCR-5000はシュラグベルグのカホンがぴったり収まる。ボールベアリングを使ったキャスターが底に4個付いており着脱が可。自動改札機の通過やエスカレーターに飛び乗るような場合でも重量の割には取り回しが楽だ。特にエアーでの移動ではスーツケースと一緒に預けてしまっても楽器が安全な堅牢さが良い。タクシーに乗る際には運転手さんにお願いしこれをトランクに入れ、後部座席に巨大なスーツケースとならぶ。

ツアー初日なら自宅のある札幌から一人でスタートする。車にこれらを積み空港まで移動し空港駐車場に車を捨てる。駐車料金は領収書を添え代々木上原の事務所へ月ごとに郵送で請求。一月遅れでギャラ・経費諸々と一緒に口座へ振り込まれる。

 

Picture 10.jpg最初は面白かったが、体にも心にも負荷の大きいこの仕事が2年ちょっとで嫌になってしまった。むろん生業(なりわい)である以上、かんたんにゲームセットに出来ない現実もあった。が、わたしの場合サポートしていたタレントがメジャーデビューを果たした頃からのレコード会社との契約期日満了を待たず、他社からの移籍話を進めはじめたのに反発を感じたことなども手伝い節目となった。

旅ガラスから足を洗った今でも虚業に変わりはないが、全国行脚には不向きな人間だと振り返って思うのである。もう、あれから五年以上も経ってしまったのだが。
"will be continue."